Takahashi CPA & AI Lab公認会計士事務所
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2026/5/30

SSBJ基準の保証義務化、部分保証の範囲誤認が最大リスク

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Executive Summary

  • 【猶予は実質1年】 2027年3月期から時価総額3兆円以上のプライム企業はSSBJ基準(サステナビリティ基準委員会が策定した日本のサステナビリティ開示基準)に基づく開示が義務化。さらにその翌年(2028年3月期)からは第三者保証が義務化される。しかし、準備に要する時間を考えると、猶予は実質1年を切っている。
  • 【「部分保証」の範囲誤認が最大のリスク】 当初2年間は「部分保証」が認められるが、その範囲は単なる「スコープ1・2の排出量」だけではない。関連する定性情報(データ収集範囲、算定方針、ガバナンスの記述)まで含まれる。範囲を狭く解釈すると、保証報告書で「除外事項」が付されるリスクがある。
  • 【今すぐ取るべきアクション】 自社の時価総額を確認し、該当する場合は即座に「保証業務実施者の選定」と「開示範囲の棚卸し」を開始せよ。監査法人以外の保証業務実施者も参入可能だが、登録制の要件を満たす事業者はまだ限定的であり、早期のアプローチが競争優位を生む。

「部分保証」という名の“落とし穴”に気づいていますか?

2026年5月、金融庁が示したサステナビリティ情報の開示・保証に関する制度整備のロードマップ。多くの経営者の方々は、「まだ3年先の話だ」「まずは開示基準の適用からだ」と、どこか他人事のように受け止めているのではないでしょうか。しかし、私はクライアント企業のCFOと対話する中で、ある深刻な“認識のズレ”に気づきました。それは「部分保証」という経過措置の範囲に関する誤解です。多くの方が「最初は温室効果ガスの排出量(スコープ1・2)だけ保証すればいいんでしょ」と軽く考えています。ところが、金融庁の資料(PDF)を精読すると、そうではないことが分かります。部分保証の範囲には、排出量という「数字」だけでなく、その数字を支える「定性情報」——データ収集範囲の定義や、ガバナンス体制、リスク管理体制の記述——も含まれると明記されています。この“落とし穴”に気づかずに準備を進めると、2028年の保証義務化開始時に、保証業務実施者から「その記述は保証範囲外です」と指摘され、開示書類に「除外事項」が付される事態になりかねません。

なぜSSBJ基準と保証義務は「段階的」なのか? 国際基準との整合性という不可逆な流れ

本制度の根底にあるのは、国際的なサステナビリティ開示基準(ISSB基準:国際サステナビリティ基準審議会が策定したグローバルな開示基準)との整合性確保です。日本は、2023年6月に策定されたISSB基準をベースに、SSBJ基準を開発しました。そして、その保証についても、国際サステナビリティ保証基準(ISSA5000:国際監査・保証基準審議会が策定したサステナビリティ情報の保証に関する国際基準)と同等の基準を採用する方針です。つまり、これは日本独自の“オプション”ではなく、グローバルな資本市場のルールに組み込まれるための“前提条件”なのです。段階的な適用スケジュールは、企業の準備期間を考慮したものですが、その本質は「国際基準との整合性」という不可逆な流れを、日本が追認したに過ぎません。この流れを「まだ先の話」と捉えるか、「経営の前提を変える構造変化」と捉えるかで、これからの2年間の準備の質が大きく変わります。

特に重要なのは、保証業務実施者が準拠すべき3つの国際基準——ISSA5000(保証基準)、ISQM1(品質管理基準:国際品質管理基準第1号、保証業務実施者に品質管理システムの構築を求める)、IESSA(倫理・独立性基準:国際サステナビリティ保証業務実施者のための倫理基準)——です。これらはすべて「profession-agnostic(職業横断的)」な基準として開発されており、監査法人だけでなく、要件を満たす監査法人以外の事業者も登録可能です。これにより、保証市場の競争が促進される一方で、保証業務の質を確保するための「品質管理システム」の構築が、保証業務実施者に求められます。この品質管理システムの要求事項は非常に詳細で、ISQM1では「少なくとも年に1度の品質管理システムの評価」や「リスク・アプローチの適用」が義務付けられています。

実践的な論点1:事業戦略の視点——「部分保証」の範囲を正しく理解せよ

金融庁の資料(PDF)では、当初2年間の保証範囲は「スコープ1・2GHG排出量、ガバナンス、リスク管理」とされています。しかし、ここで注意すべきは、ISSA5000の要求事項です。ISSA5000は「部分保証を含めたあらゆるサステナビリティ保証業務に適用される」ように策定されており、保証業務実施者は「適用される規準」が明確であることを求められます。つまり、単に「スコープ1・2の排出量」とだけ言っても、それがSSBJ基準のどの項に該当するのか、どの算定方法に基づくのか、データ収集範囲はどこまでか——が明確でなければ、保証業務を開始できないのです。この点、金融庁の資料は「スコープ1・2GHG排出量に関しては、排出量情報のみでなく、関連する定性情報(例:データ収集範囲)も当然に保証範囲に含まれる」と明記しています。この一文を軽く見てはいけません。例えば、貴社が「スコープ1の排出量は10,000トン」と開示したとして、そのデータ収集範囲が「国内拠点のみ」なのか「グローバル全拠点」なのか、算定に用いた排出係数は何か——といった定性情報まで、保証の対象となるのです。この範囲を事前に明確化しておかないと、保証業務実施者との間で「どこまで保証するのか」という認識のズレが生じ、結果として保証報告書に「限定」や「除外事項」が付されるリスクがあります。

実践的な論点2:財務・リスクマネジメントの視点——保証業務実施者の選定と品質管理の盲点

保証業務実施者は、監査法人に限らず、登録制の要件を満たす法人であれば参入可能です。しかし、ここで見過ごせないのが「品質管理基準(ISQM1)」の要求事項です。ISQM1では、保証業務実施者に対し、品質管理システムの構築を求めています。その中には「審査(エンゲージメント・クオリティ・レビュー)」の実施が含まれます。金融庁の資料(PDF)では、サステナビリティ情報の保証においても、審査を明示的に要求する方向性が示されています。これは、財務諸表監査と同様の水準の品質管理を求めるものであり、保証業務実施者にとっては大きな負担となります。特に、監査法人以外の新規参入事業者にとっては、この品質管理システムを短期間で構築することは容易ではありません。したがって、貴社が保証業務実施者を選定する際には、単に「価格」や「ブランド」だけで判断するのではなく、その事業者がISQM1に準拠した品質管理システムを有しているか、審査を実施できる体制があるかを確認することが不可欠です。この点を怠ると、保証業務の質が低下し、結果的に貴社の開示情報の信頼性を損なうリスクがあります。

以下の図は、保証義務化に向けた準備プロセスと、各段階で考慮すべきリスクを示したものです。特に「部分保証の範囲定義」と「保証業務実施者の選定」が、後々の大きな差を生むポイントであることが分かります。

あるプライム企業のCFOが「保証範囲の定義」で監査法人と衝突した話

私がこれまで支援した企業の中で、ある製造業のプライム上場企業(時価総額約4兆円)のケースが、まさにこの「部分保証の範囲誤認」の典型例でした。この企業のCFOは、2027年3月期からのSSBJ基準適用を見据え、早々に大手監査法人と保証業務の契約交渉を開始しました。当初、同社のIR担当者は「保証範囲はスコープ1・2の排出量データだけですよね。データは揃っていますから、すぐにでも対応できます」と楽観視していました。しかし、監査法人から提示された保証契約書の範囲条項には、以下のような記述がありました。「保証の対象は、SSBJ基準第X条に基づき開示されるスコープ1及びスコープ2の温室効果ガス排出量、並びに当該排出量の算定に用いられたデータ収集範囲、算定方法、排出係数の選定根拠、及び関連する内部統制の整備状況に関する記述を含む。」

この条項を見たCFOは驚きました。同社は、スコープ1・2の排出量データは全社で一元管理していましたが、その「データ収集範囲」の定義が曖昧だったのです。具体的には、海外子会社の一部拠点からのデータ収集が遅れており、連結ベースでのデータ網羅性に課題がありました。また、排出係数の選定根拠についても、一部の事業所で業界平均値を使用しているものの、その根拠が文書化されていませんでした。監査法人は「これらの定性情報が保証範囲に含まれるため、現状では保証意見の表明は困難です。まずはデータ収集範囲の明確化と、算定方法の文書化をお願いします」と指摘。結局、同社は保証契約の締結までに、追加で約6ヶ月の準備期間を要し、当初予定していた2027年3月期からの保証開始を断念せざるを得ませんでした。この事例が示すのは、「部分保証」であっても、その範囲を狭く解釈すると、保証業務実施者との間で認識のズレが生じ、結果的に保証開始が遅れるリスクがあるということです。

この事例を踏まえ、保証範囲の定義を巡る認識のズレを防ぐためのチェックポイントを図示しました。左側が「狭い解釈」、右側が「正しい解釈」です。

今すぐIR担当と保証業務実施者の選定を始めなさい

ここまでお伝えした通り、サステナビリティ情報の保証義務化は、単なる「コンプライアンス対応」ではありません。それは、グローバルな資本市場で資金調達を続けるための「パスポート」であり、投資家との建設的な対話を可能にする「共通言語」です。そして、その準備期間は、皆さんが考えているよりもはるかに短い。自社の時価総額が3兆円以上であれば、2027年3月期からの開示義務化、2028年3月期からの保証義務化が目前です。時価総額が1兆円以上であっても、2028年3月期からの開示義務化が迫っています。この2年間を「まだ準備しなくていい期間」と捉えるか、「競合に差をつけるための準備期間」と捉えるか。その違いが、数年後の開示の質、ひいては企業価値に直結します。

今回ご紹介した内容は、制度全体のごく一部に過ぎません。貴社固有の事業環境・財務状況に合わせた具体的なロードマップの策定については、ぜひ一度ご相談ください。

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