2025/1/27
中小企業の事業承継M&A動向と地域金融機関への期待
はじめに
日本経済は、団塊の世代が75歳以上の後期高齢者となる「2025年問題」に直面しており、中小企業の事業承継は喫緊の課題となっています。長らく親族や社内での承継が主流でしたが、近年では事業譲渡(M&A)も増加傾向にあります。この背景には、経営者の高齢化と後継者不足が深刻化している現状があります。帝国データバンクの調査によると、2023年時点で社長の約25%が70歳以上であり、60歳代以上を含めると約50%に達しています(図表1)。また、後継者不在を理由とした倒産件数も増加しており、2023年度には過去最高の586件を記録しています(図表2)。中小企業庁の調査では、休廃業・解散した企業の約半数が黒字であると示されており、事業承継が円滑に進まなければ、中小企業が有する事業基盤、経営ノウハウ、有望な技術等が失われる懸念があります。 このような状況下、中小企業庁は事業承継M&Aを推進するため、支援体制の整備、補助金・税制優遇措置、各種ガイドラインの策定など、多岐にわたる施策を展開しています。例えば、各都道府県には事業承継・引継ぎ支援センターが設置され、相談やM&Aのマッチングを支援しています。また、M&A仲介手数料やデューデリジェンス費用に対する補助金、M&A投資額の1割を税額控除または即時償却、7割を上限に損金算入といった税制優遇措置も導入されています。しかしながら、M&A仲介事業者の利益相反問題や、M&A後の統合プロセス(PMI)の難しさなど、課題も依然として残っています。特に、地方経済においては、経営者の高齢化と人口減少が同時に進んでおり、中小企業の事業承継は地域経済の維持に不可欠です。こうした状況を踏まえ、地域金融機関は、長年培ってきた顧客基盤と地域への深い理解を活かし、中小企業の事業承継を支援する上で重要な役割を担うことが期待されています。本稿では、中小企業の事業承継M&Aの現状と課題、中小企業庁の政策動向、そして地域金融機関に期待される役割について詳しく考察します。
現状分析
中小企業の事業承継におけるM&Aの増加は、単に経営者の高齢化と後継者不足という問題だけが原因ではありません。中小企業庁は、事業承継M&Aを推進するために様々な政策を打ち出しており、その一環として各都道府県に事業承継・引継ぎ支援センターを設置し、事業承継に関する相談やM&Aのマッチングを支援しています。これらの支援センターでは、事業承継に関する相談件数が増加しており、第三者承継の成約件数も年々増加しています。中小企業基盤整備機構のデータによると、2023年度には相談件数が大幅に増加しており、第三者承継の成約件数も過去最高を記録しています。この背景には、中小企業庁の積極的な支援策と、M&Aに対する中小企業経営者の意識の変化があります。また、M&A仲介手数料やデューデリジェンス費用に対する補助金、税制優遇措置(M&A投資額の1割を税額控除または即時償却、7割を上限に損金算入)なども導入されています。 これらの政策支援の結果、事業承継・引継ぎ支援センターの相談件数や第三者承継の成約件数は年々増加しており、M&A仲介を手掛ける民間企業の動きも活発化しています。大手仲介事業者5社が関与するM&A件数は、2022年度には約4,000件に達しています。中小企業庁は、事業承継M&Aに関する理解を促進するため、「事業承継ガイドライン」(2006年策定、2016年、2022年改訂)、「事業引継ぎガイドライン」(2015年)、「中小M&Aガイドライン」(2020年策定、2023年、2024年改訂)、「中小PMIガイドライン」(2022年)といった様々なガイドラインを策定・公表し、M&Aの具体的な事例や対応のポイント、課題等に関する情報を提供しています(図表5)。これらのガイドラインは、M&Aの各段階における注意点や手続き、契約内容、PMIの重要性などを詳細に解説しており、中小企業経営者がM&Aを検討する際の貴重な情報源となっています。特に、「中小M&Aガイドライン」は、M&A仲介事業者の役割や責任、手数料体系、契約に関する留意点など、M&Aの透明性を高めるための重要な指針となっています。 しかしながら、事業承継M&A市場の拡大に伴い、仲介事業者の利益相反という課題も顕在化しています。中小企業では、M&Aの経験や知識が乏しく、仲介事業者との間に情報格差が生じやすいため、仲介事業者が売り手と買い手の両方から手数料を受け取る「両手取引」において、手数料や取引条件に関するトラブルが起こるケースも少なくありません。中小企業庁の調査によると、M&A仲介に関するトラブル事例として、手数料の不当な請求、情報開示の不足、契約内容の不明確さなどが挙げられています。このような状況を改善するため、中小企業庁は2021年8月に「M&A支援機関登録制度」を創設しました。この制度により、仲介事業者は「中小M&Aガイドライン」の遵守を宣言することが登録の要件となり、2024年3月末時点では約3,000件の登録があります。さらに、2024年度には、手数料体系や算定基準の開示が登録継続の要件となり、透明性の向上が図られています。また、民間においても、日本M&Aセンターなど大手5社が中心となり、2021年に「一般社団法人M&A仲介協会」が設立され、M&Aの適切なルール徹底や人材育成、苦情相談窓口の設置など、業界の健全化に向けた取り組みが進められています。同協会は、倫理規程、コンプライアンス規程、営業・広告規程、契約重要事項説明規程から成る自主規制ルールを公表し、仲介事業者の質の向上を図っています。 さらに、M&A後の統合プロセス(PMI)の重要性も指摘されています。M&Aは契約締結がゴールではなく、その後の事業や経営の円滑な統合が不可欠です。しかし、多くの中小企業ではPMIの経験が乏しく、その重要性が十分に認識されていないのが現状です。中小企業庁は「中小PMIガイドライン」を公表し、PMIの具体的な進め方やポイントを示していますが、地域金融機関は、これらのガイドラインを参考に、PMI支援の機能強化を図ることが求められています。PMIの具体的なプロセスとしては、M&A成立前の情報収集、統合計画の策定、統合後の組織体制の構築、業務プロセスの統合、企業文化の融合などが挙げられます。これらのプロセスを円滑に進めるためには、専門知識や経験を持つ人材が必要であり、地域金融機関は、PMI支援に関する専門家を育成したり、外部の専門機関と連携したりすることで、中小企業のPMIをサポートする必要があります。 加えて、事業承継における障壁の一つである経営者保証の問題も見過ごせません。経営者保証は、後継者の心理的な負担となり、円滑な事業承継を妨げる要因となる可能性があります。2022年の「経営者保証改革プログラム」策定以降、経営者保証の見直しは進んでいますが、既存債務については経営者保証が残っているケースもあり、M&A後の経営者保証の取り扱いに関するトラブルも発生しています。このような状況を踏まえ、地域金融機関は、経営者保証の見直しを適切に進め、事業承継を円滑化する役割を果たすことが期待されています。金融庁のデータによると、新規融資に占める経営者保証に依存しない融資の割合は、2024年上期において52.6%と過去最高水準となっているものの、依然として経営者保証に依存する融資も存在しています。
課題への取り組み方
これらの現状分析を踏まえ、地域金融機関が中小企業の事業承継M&Aを支援する上で、具体的な取り組みとして以下のようなアプローチが考えられます。 まず、中小企業の事業承継ニーズに対する的確な対応が重要です。地域金融機関は、顧客の経営状況や意向を十分に把握した上で、親族内承継、社内承継、M&A、廃業など、最適な選択肢を提示する必要があります。その際、M&Aを検討する顧客に対しては、M&Aの有効性やメリットを十分に説明し、選択肢の一つとして認識してもらうことが重要です。また、M&Aのマッチングにおいては、仲介事業者やメガバンク、他の地域金融機関等と連携し、広域でのマッチングサービスを提供することが有効です。M&Aキャピタルパートナーズのように、複数の金融機関と提携し、M&Aのマッチングを行うプラットフォームを導入することも検討に値します。これにより、地域金融機関は、自社の顧客だけでなく、広範囲のM&Aニーズに対応することが可能になります。 さらに、ファンドの活用も有効な手段の一つです。銀行法改正により、銀行が傘下の投資専門会社(ファンド)を通じて、事業承継会社等の株式を取得し、最長10年間保有することが可能になりました。これにより、地域金融機関は、自らファンドに出資したり、ファンドを立ち上げたりすることで、M&Aの買い手としての役割を果たすことも可能になります。また、近年注目されているサーチファンドの活用も検討する価値があります。サーチファンドは、経営者を志す個人(サーチャー)が、ファンド(投資家)からの支援を受けて企業を買収する投資形態であり、後継者難で事業譲渡を検討している企業と、経営意欲のある後継者候補を結び付けることができます。地域金融機関は、サーチファンドに出資したり、自ら立ち上げたりすることで、事業承継の円滑化に貢献できます。サーチファンドは、後継者不足に悩む企業にとって、新たな選択肢を提供するものであり、地域金融機関は、この仕組みを積極的に活用することで、地域経済の活性化に貢献することができます。国内では、山口フィナンシャルグループが設立したYMFGサーチファンドや、日本政策投資銀行と日本M&Aセンターが共同で設立したサーチファンド・ジャパンなどが知られています。 M&A後の統合プロセス(PMI)への貢献も重要な役割です。M&Aは契約締結がゴールではなく、その後の事業や経営の円滑な統合が不可欠です。地域金融機関は、中小企業庁の「中小PMIガイドライン」を参考に、PMI支援の機能強化を図る必要があります。具体的には、社内における人材育成やノウハウの蓄積、外部人材の採用や外部機関との連携を通じて、PMIを支援する体制を整えることが求められます。特に、地域金融機関は、長年培ってきた顧客との信頼関係を活かし、M&A後の経営統合を円滑に進めるためのサポートを提供することが期待されます。PMI支援の具体的な内容としては、経営戦略の策定、組織体制の構築、人事制度の設計、業務プロセスの改善、ITシステムの統合、企業文化の融合などが挙げられます。これらの支援を通じて、地域金融機関は、M&A後の企業価値向上に貢献することができます。 融資慣行の見直しも重要な課題です。事業承継時の経営者保証は後継者の心理的な負担となるため、地域金融機関は、経営者保証の見直しを適切に進める必要があります。具体的には、経営者保証の解除要件を明確化し、事業承継やM&Aによって経営者が変動する際には、保証継続の必要性を検討し、可能であれば解除することが望ましいです。また、2024年6月に成立した「事業性融資の推進等に関する法律」により創設された「企業価値担保権」を活用することも検討に値します。企業価値担保権は、有形資産だけでなく、無形資産(事業ノウハウ、知的財産、顧客基盤等)も担保にできるため、不動産担保や経営者保証に依存しない融資を促進することが期待されます。地域金融機関は、企業価値担保権を活用することで、事業承継M&A後の新たな経営体制に対する融資を円滑に進めることができるでしょう。また、企業価値担保権の活用は、事業者の事業価値を適切に評価し、事業性に着目した融資を促進することにも繋がると期待されます。
今後の展望
今後、中小企業の事業承継M&Aは、ますます増加していくことが予想されます。地域金融機関は、これまで培ってきた顧客基盤と地域への深い理解を活かし、中小企業の事業承継を積極的に支援していく必要があります。そのためには、地域金融機関は、M&Aの専門知識やノウハウを習得し、M&A仲介事業者やメガバンク、他の地域金融機関等との連携を強化していくことが重要です。また、ファンドやサーチファンドの活用、PMI支援体制の構築、経営者保証の見直し、企業価値担保権の活用など、新たな取り組みにも積極的に挑戦していく必要があります。 特に、地方経済においては、中小企業の事業承継は地域経済の維持に不可欠です。地域金融機関は、単に金融サービスを提供するだけでなく、地域の中小企業の経営課題を解決するパートナーとしての役割を果たすことが期待されます。そのためには、地域金融機関は、常に変化する経済環境や中小企業のニーズを把握し、柔軟な発想で新たな支援策を検討していくことが重要です。また、地域金融機関は、中小企業の事業承継に関する成功事例や失敗事例を共有し、ノウハウを蓄積していくことも重要です。これにより、地域金融機関は、より効果的な事業承継支援を提供することが可能になります。 さらに、地域金融機関は、中小企業の事業承継に関するセミナーや相談会を開催し、地域の中小企業経営者に対して、事業承継の重要性やM&Aの手法、PMIの進め方などを啓発していく必要があります。また、地域金融機関は、地域の中小企業経営者からの信頼を得るために、透明性の高い情報開示や誠実な対応を心がけることが重要です。これにより、地域金融機関は、中小企業経営者の信頼を深め、より多くの事業承継支援に繋げることができます。 最後に、中小企業の事業承継は、地域経済の活性化に不可欠な要素であり、地域金融機関は、地域の中小企業が事業承継を通じて持続的な成長を遂げられるよう、積極的に支援していくことが求められます。地域金融機関が、中小企業の事業承継をサポートすることで、地域経済の活性化に貢献し、自らの収益基盤を強化していくことが期待されます。中小企業の事業承継は、地域金融機関にとって、新たなビジネスチャンスであると同時に、社会的な責任を果たす重要な機会でもあります。地域金融機関が、この重要な役割を果たすことで、地域経済の持続的な発展に貢献していくことが期待されます。 Photo by 李 付洋 on Unsplash
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