2025/1/28
越境データ管理:企業が知るべきリスクと対策を徹底解説
はじめに
近年、IoTやDXの普及、サプライチェーンの透明化への要求の高まりを背景に、企業における国際的なデータ共有・利活用の動きが加速しています。EUのGAIA-Xのような産業横断的なデータプラットフォームの構築も進んでおり、日本でも「ウラノス・エコシステム」のような取り組みが生まれています。しかし、国際的なデータ共有・利活用の拡大と同時に、各国・地域ではデータに関する法規制の整備も進んでおり、企業はこれらの変化に迅速に対応する必要があります。 これらの法規制は、個人情報に限らず、企業が保有する産業データ全般を対象としており、データの越境移転の制限や政府による広範なアクセスを可能とする規則が存在します。例えば、EUのGDPR(一般データ保護規則)は個人情報保護に関する規制ですが、データガバナンス法やデータ法などの新たな規制は、個人情報以外の産業データにも影響を及ぼしています。これらの規制は、国際的な企業活動における制約要因となるだけでなく、中長期的に我が国の産業全体の競争力やデジタル基盤の確立・普及にも影響を及ぼす可能性があります。そのため、企業はこれらの動きを踏まえ、個人情報保護法制以外のデータ関連法に焦点を当て、現状の把握と対応の在り方を議論する必要性に迫られています。 本ブログ記事では、企業が安全かつ安心してデータ共有・利活用を実現し、付加価値を創出できるように、産業データの越境・国際流通に係るデータ管理の指針となるべく、経済産業省が発表した「産業データの越境データ管理等に関するマニュアル」(以下、本マニュアル)の内容を詳細に解説します。本記事が、企業が国際的なデータ共有・利活用に取り組む際の主要なリスクを把握し、適切なデータガバナンスを構築するための一助となれば幸いです。本マニュアルは、企業の規模や業種を問わず、越境データ管理に関する共通認識を形成し、企業が主体的にリスク管理を行うことを目指しています。
現状分析
本マニュアルによると、国際的なデータ共有・利活用は、データライフサイクルにおける各過程、すなわちデータの「生成・取得」、「加工・利用」、「移転・提供」、「保管」、「廃棄」の各段階で発生し得るとされています。これらの過程において、データが国境を越えて移動する場面が対象となります。注目すべきは、必ずしも越境移転を伴わない場合でも、海外で生成・取得されたデータが国内で共有・利活用される場面も含まれるという点です。例えば、海外の工場で収集された製造データが、日本の本社で分析される場合などが該当します。このため、企業はデータの流れ全体を把握し、リスクを評価する必要があります。 対象となるデータについては、個人情報を含む「パーソナルデータ」だけでなく、「非パーソナルデータ」、特に企業活動に伴い収集・蓄積される「安全保障関連データ」、「営業データ」、「技術データ」、「その他・事業データ」も含まれます。これらのデータは、各国・地域の法制によって定義が異なるため、企業はそれぞれの法制度を十分に理解し、対応する必要があります。経済産業省の「秘密情報の保護ハンドブック」によると、企業が保護すべき情報には、営業秘密、個人情報、機微技術情報などが含まれるとされています。本マニュアルでは、これらのデータカテゴリを詳細に定義し、それぞれの特性に応じたリスク管理の必要性を強調しています。 本マニュアルでは、データ管理におけるリスクを、「他国・地域に保管しているデータに自由にアクセス・管理できない」、「重要なデータ(機密性・権利)が守れない」、「データが信頼できない」の3つに分類しています。これらのリスクは、政府の行為によるものと民間企業の行為によるものに分けられ、さらに具体的なカテゴリーとして「データ移転・事業活動の制限」、「データの強制的なアクセス」、「データの共有・開示の義務化」、「データ流出・漏えい、共有範囲拡大」、「データが無断・目的外利用される」、「データの真正性が損なわれる」などが挙げられています。 これらのリスクを具体的に見ていくと、例えば、政府の行為によるリスクとして、データローカライゼーション(データの越境移転規制)やガバメントアクセス(政府による強制的な情報取得)などがあります。データローカライゼーションの例としては、中国のサイバーセキュリティ法が挙げられ、重要データは国内で保管することが義務付けられています。ガバメントアクセスの例としては、米国のCLOUD法があり、米国外に保管されているデータでも、米国の政府機関がアクセスできる場合があります。民間企業の行為によるリスクとしては、サイバー攻撃や不正アクセスによるデータ流出、従業員によるデータ持ち出し、機密データの漏えいなどが挙げられます。これらのリスクは、企業が自社の事業活動を継続する上で大きな脅威となり得るため、適切な対策を講じることが不可欠です。例えば、ランサムウェア攻撃により、顧客データが暗号化され、業務が停止する事例は後を絶ちません。
課題への取り組み方
本マニュアルでは、越境データ管理を3つのステップで進めることを推奨しています。第一に「リスクの可視化」として、データがどのように共有・利活用され、越境移転がどこで発生するかを把握します。このステップでは、データの「生成者」、「利用者」、「保管者」を特定し、トランザクション(データの流れ)を整理します。例えば、製造業の場合、工場のセンサーデータが生成者、分析部門が利用者、クラウドストレージが保管者となる場合があります。このトランザクションを可視化することで、リスクが発生しやすいポイントを特定できます。 第二に「リスクの評価」として、可視化されたリスクが自社に与える影響の大きさを評価し、対応の優先度を決定します。このステップでは、機密性の高いデータや秘密保持契約の対象となるデータを特定し、リスクの予見可能性や発生時の保護措置の有無などを確認します。例えば、新製品の設計データは機密性が高く、漏えいした場合の影響が大きいため、優先的に対策を講じる必要があります。一方で、公開されている市場データは機密性が低いため、対応の優先度を下げることも可能です。 第三に「打ち手の実施」として、評価されたリスクに対して具体的な対策を講じます。これらの対策は、モニタリング、事前対応、事後対応の3つのカテゴリーに分類され、それぞれ組織的な措置、法的な措置、技術的な措置を組み合わせることでリスクを低減していきます。モニタリングでは、リスクの兆候を早期に発見し、事前対応では、リスクの発生を未然に防ぎ、事後対応では、発生したリスクの影響を最小限に抑えることを目指します。 具体的な打ち手としては、まず、データ移転・事業活動の制限(データローカライゼーション)に対しては、データの分散化や保管場所の精査、代替データの選定などが考えられます。データの分散化は、複数の場所にデータを保管することで、単一の場所でのデータ損失を防ぐことを目的とします。保管場所の精査は、法規制に適合する安全な場所を選択することです。代替データの選定は、規制対象となるデータが利用できない場合に、代替となるデータを利用することを意味します。また、「重要データの分散化」や「代替業務・データによって影響を抑える」といった対策も有効です。加えて、国内保存要求に対応するためにデータセンターを国内に設立したり、現地運営チームを立ち上げるといった対策も検討する必要があります。さらに、条件付きで国外移転が認められる場合には、その要件へ適合することも打ち手として想定されます。例えば、EUのGDPRでは、十分性認定を受けた国への移転や、標準契約条項(SCC)の利用などが認められています。 次に、データの強制的なアクセス(ガバメントアクセス)に対しては、当該国内でのガバメントアクセスの対象とならないように当該国へのデータ移転を制限することが重要です。そのためには、リスクの低い保管場所や利用サービスを選定したり、当該国への移転を制限するなどの対策を講じる必要があります。また、越境的なガバメントアクセスに備えて、データの暗号化や匿名化などの技術的な保護措置を導入することも有効です。暗号化は、データの内容を第三者が読み取れないようにする技術であり、匿名化は、個人を特定できないようにデータを加工する技術です。 さらに、データの共有・開示の義務化に対しては、取引先との間で適切な契約・取決めを行うことが重要です。契約においては、データの提供範囲や利用目的、有効期間、不履行時の対応などを明確に定める必要があります。また、第三者へのデータ提供が求められる場合には、事前に第三者共有範囲や条件を取り決めておくことも有効です。経済産業省の「AI・データの利用に関する契約ガイドライン」や「データ連携基盤規約」を参考に、契約内容を検討することが推奨されます。これらのガイドラインは、データ契約における一般的な条項や留意点をまとめたものであり、契約締結の際に参考になります。
今後の展望
企業のビジネスがグローバル化するにつれて、越境データ管理の重要性はますます高まっています。各国・地域で異なる法規制が頻繁に更新されるため、企業は常に最新の情報を収集し、柔軟に対応していく必要があります。本マニュアルは、越境データ管理のステップとリスクを整理し、具体的な打ち手を提案していますが、これらの情報を基に、自社に最適なデータガバナンスを構築することが求められます。 本マニュアルで示された越境データ管理の3つのステップは、企業が国際的なデータ共有・利活用を行う上で非常に有効なフレームワークです。しかし、これはあくまでガイドラインであり、各企業は自社の事業特性やリスク許容度に合わせて、より詳細な計画を策定する必要があります。特に、中小企業においては、人員やリソースが限られているため、外部の専門家やツールを活用しながら、効率的なデータ管理体制を構築することが重要です。例えば、クラウドベースのセキュリティツールや、データ管理の専門家のアドバイスを活用することで、リソース不足を補うことができます。 今後は、本ブログ記事で紹介した内容を踏まえ、クラウドに関する法規制や、アジアやグローバルサウス諸国の法規制など、新たな法規制の動向を注視し、対応を検討する必要があります。また、ベストプラクティスの収集や、セミナー、有識者によるパネルディスカッションなどを通じて、情報発信を強化することも重要です。さらに、産業データに対する責任者・役割分担を含めた社内体制のあり方、中小企業等への支援策についても、議論を深めていく必要があります。本マニュアルおよび本ブログ記事が、企業の持続的な成長と国際競争力強化に貢献することを願います。また、企業は、データガバナンスを単なるコンプライアンス対応として捉えるのではなく、競争優位性を確立するための戦略的な取り組みとして捉えることが重要です。 さらに詳細な解説として、以下のような点を補足します。 **リスクの可視化の具体例** * **トランザクションの整理:** * 例1:ある製造業の場合、海外の工場で収集された生産データが、クラウドストレージに保存され、そのデータが本社で分析される。この場合、「生成者」は海外工場、「利用者」は本社分析部門、「保管者」はクラウドストレージとなる。 * 例2:ある小売業の場合、海外のECサイトで収集された顧客データが、マーケティング部門で利用される。この場合、「生成者」はECサイト、「利用者」はマーケティング部門、「保管者」はデータベースとなる。 * **リスクシナリオの整理:** * 例1:データローカライゼーション規制のある国に、製造データが移転される場合、データが利用できなくなるリスクがある。 * 例2:ガバメントアクセス権限のある国のクラウドサービスを利用する場合、政府機関にデータが強制的に開示されるリスクがある。 * 例3:サイバー攻撃により、顧客データが漏洩するリスクがある。 **リスクの評価の具体例** * **機密性の高いデータ:** * 新製品の設計図面 * 顧客のクレジットカード情報 * 営業秘密に関する資料 * **保護措置の有無:** * データ暗号化の有無 * アクセス制限の有無 * 秘密保持契約の有無 **打ち手の実施の具体例** * **データ移転・事業活動の制限への対策:** * データ分散化:複数の場所にデータを保存し、単一障害点のリスクを軽減する。 * 保管場所の精査:法規制に適合するデータセンターを選定する。 * 代替データの選定:規制対象となるデータが利用できない場合に備え、代替となるデータを用意する。 * 現地チームの設立:データが国外へ移転できない場合に、現地でデータ処理を行うチームを設立する。 * **データの強制的なアクセスへの対策:** * リスクの低い保管場所の選定:ガバメントアクセスの対象となりにくい国や場所を選定する。 * データ暗号化:データを暗号化し、政府機関による不正アクセスを防ぐ。 * データ匿名化:個人を特定できないようにデータを加工し、ガバメントアクセスの影響を軽減する。 * **データの共有・開示の義務化への対策:** * 契約書の整備:データ提供範囲、利用目的、有効期間などを明確に定める。 * 第三者共有範囲の明確化:第三者へのデータ提供が必要な場合に、共有範囲や条件を事前に取り決める。 * ガイドラインの参照:経済産業省が公開している「AI・データの利用に関する契約ガイドライン」や「データ連携基盤規約」を参考に契約内容を検討する。 **今後の展望における企業の注意点** * **法規制の動向の注視:** 各国・地域の法規制は頻繁に改正されるため、常に最新情報を収集し、適切な対応を行う必要がある。特に、クラウドサービスやAI技術の利用に関する法規制は、今後ますます重要になると考えられる。 * **データガバナンスの戦略的活用:** データガバナンスを単なるコンプライアンス対応として捉えるのではなく、企業競争力を強化する戦略的な取り組みとして捉えることが重要である。データガバナンスの徹底により、データの品質向上やリスク管理の効率化が図られ、結果として企業価値の向上につながる。 * **専門家との連携:** 中小企業など、リソースが限られている企業は、専門家のアドバイスやツールを活用し、効率的なデータ管理体制を構築することが望ましい。弁護士、コンサルタントなどの専門家と連携し、自社の状況に合わせた最適な対応を検討することが重要である。 上記のように、本マニュアルは、越境データ管理におけるリスクと対策を網羅的に解説しており、企業がグローバルに事業展開する上で不可欠な知識を提供しています。各企業は、本マニュアルの内容を参考に、自社の状況に合わせて最適なデータ管理体制を構築し、持続的な成長を目指していく必要があります。 Photo by Kazuyuki AOKI on Unsplash
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