
2026/1/20
事業譲渡の成否を分ける「労働者承継」の法務リスクと合意形成
⚡ Executive Summary(30秒でわかる要点)
- 【警鐘】 事業譲渡は「資産の売り買い」ではなく、労働者一人ひとりとの「再契約」である。個別の承諾を得られないリスクは、PMI(統合プロセス)の崩壊に直結する。
- 【影響】 令和8年改正指針および「事業性融資推進法」の施行により、労働者への情報開示と誠実な協議は、もはや努力義務ではなく、企業価値担保権の実行すら左右する経営の根幹となった。
- 【対策】 譲渡決定後の「事後報告」を捨て、債務履行の見込みや新組織での労働条件を透明化する「戦略的対話」へシフトし、法的瑕疵のない承諾を早期に確保せよ。
目次
- M&Aの成否を分ける「見えない資産」の法務リスク
- 「真意による承諾」を阻む、経営者の情報過少
- 事例から学ぶ成功法則:【透明性が救った老舗製造業の事業再生】
- 不確実な時代に、確実な合意という「礎」を
M&Aの成否を分ける「見えない資産」の法務リスク
多くの経営者が、事業譲渡におけるデューデリジェンスで財務諸表や契約書に目を奪われる一方で、最も脆く、かつ代替不可能な資産である「ヒト」の承継プロセスを軽視しがちです。合併(包括承継)とは異なり、事業譲渡は「特定承継」です。つまり、民法第625条第1項に基づき、労働者一人ひとりから個別の承諾を得なければ、労働契約を譲受会社に移転させることはできません。この「承諾」を単なる事務手続きと捉えるか、企業価値を守るための戦略的プロセスと捉えるかで、買収後のROI(投資対効果)は劇的に変わります。
「真意による承諾」を阻む、経営者の情報過少
労働者から得た承諾が、後に「虚偽の情報に基づいたもの」として民法第96条により取り消される事態は、経営にとって悪夢です。指針が求めるのは、単なる同意書への署名ではありません。譲渡会社および譲受会社の「債務履行の見込み」や、転籍後の「就業場所・業務内容」といった具体的な労働条件の提示を含む、誠実な協議です。特に、譲渡を理由とした解雇は、労働契約法第16条の「権利濫用」とみなされる可能性が高く、整理解雇の4要件に照らした厳格な判断が求められます。安易なリストラ手段としての事業譲渡は、多額の損害賠償リスクを抱えるだけでなく、マーケットからの信頼を失墜させる「負の投資」となりかねません。
「企業価値担保権」が変える、融資と労務の相関関係
令和6年に成立した「事業性融資推進法」により、不動産などの有形資産ではなく、事業そのものの価値を担保とする「企業価値担保権」が創設されました。ここでの注目点は、担保権実行時の管財人による労働者への情報提供義務です。事業を解体せず、雇用を維持しながら承継することが原則とされており、労働組合等との協議を軽視する企業は、資金調達の局面でも不利な立場に置かれることになります。もはや労務管理は、バックオフィスの仕事ではなく、財務戦略と密接にリンクした「攻めのガバナンス」そのものです。
キャッシュフローを守るための「対話」の設計
事業譲渡を成功させるためのキャッシュフロー管理において、最も警戒すべきは「優秀な人材の離職」というキャピタルロスです。承諾を得るための協議は、遅くとも譲渡実行の数ヶ月前から開始し、時間的余裕を持って進める必要があります。労働組合が存在する場合は、団体交渉権を拒否することはできません。むしろ、組合を「情報のハブ」として活用し、譲渡後のシナジーや成長性を語ることで、現場の不安を「期待」へと変換させるコミュニケーション・デザインが、経営参謀には求められます。
事例から学ぶ成功法則:【透明性が救った老舗製造業の事業再生】
ある中堅製造業が不採算部門を切り離し、大手グループへ事業譲渡した際、当初はベテラン技術者たちの猛反発に遭いました。「捨てられる」という被害妄想が広がる中、社長はすべての負債状況と、譲受会社が提示した5年間の雇用保障・設備投資計画を包み隠さず開示しました。指針に沿った「誠実な協議」を重ねた結果、技術者の95%が前向きに承諾。譲渡後、新会社では生産性が15%向上し、譲渡会社もキャッシュフローの改善により本業への集中投資が可能となりました。法を「守るべきルール」ではなく「対話のプラットフォーム」として活用した好例です。
不確実な時代に、確実な合意という「礎」を
事業譲渡や合併は、企業の形を変える劇薬です。しかし、その薬が毒になるか、成長の糧になるかは、経営者がいかに「労働者の納得性」というガバナンスに向き合うかにかかっています。令和8年の改正指針を読み解けば、国が求めているのは「透明性の高い経営」への進化であることは明白です。法務・労務のリスクを最小化し、統合後のシナジーを最大化するための準備に、早すぎるということはありません。
今回ご紹介した内容は全体像の一部に過ぎません。貴社の固有の状況に合わせて、この事業譲渡・合併指針を最大限に活用し、企業価値向上に繋げるための具体的なロードマップについては、ぜひ一度ご相談ください。
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